世界のアルピニストも絶賛する富士山。
なだらかに広がる優美な裾野。
その包容力のある姿に
ひとは魅せられるのだろうか。
あるいは並ぶもののない独立峰として、
孤独を背負っている姿が
見る者の心を
微かに波立たせるのかもしれない。
富士高砂酒造の杜氏、
小野浩二さんの話を伺っていると
なぜか、胸の奥に、
富士山の勇姿が浮かび上がる。
そのひとは穏やかな口調で酒造りを語る。
だが、そのやわらかい空気の奥底には
孤独が潜んでいる。
先代の急逝により、
急遽、杜氏を受け継ぐことになった。
一年目は自問自答の繰り返しだった。
背中を追いかける日々とは
すべてが違っていた。
いちばん前を行くものが
いちばん強い風を受ける。
このやり方でいいのか。
はたしてこのやり方で、
伝統の味を守り続けることができるのか。
時の重みがのしかかる。
試行錯誤のなか造り上げたもろみを搾り、
はじめてのひとしずくを口に含んだとき
ああ、酒になったと思った。
あのひとの味だと思った。
自信までの距離はまだ遠い。
だが信じた道は間違っていなかった。
この道を行く。
この道をどこまでも行く。
孤独の向こう側に微かな光が見えた。
創造はひとに孤独を強いる。
ときに不安が心を覆う。
そのとき、
揺れる感情を支えてくれるもの。
それは先代の言葉。
迷ったら手間のかかる方を選べ。
酒は手をかけたらかけた分だけ
きちんと応えてくれる。
酒は決して裏切らない。
愚直な哲学が
代々の杜氏の背骨となり
富士高砂酒造の味を守ってきた。
いま、そのひとは見ている。
山頂に立つひとのように、はるか彼方を。
日本酒から広がる豊かな世界を。
日本酒の可能性が
時の大地をどこまでもどこまでも
駆けていく姿を。
伝統の先へ。
日本酒の未来へ。
多くの人々の笑顔の真ん中へ。
そのひとは見ている。
誰も見たことのない光景を。
小野浩二が造る酒は
富士山の味がする。