革の未来に挑戦する手

革の未来に挑戦する手

「右手と左手で、親指の大きさが違うんですよ」

「手と手」のために手を見せてほしい、という私たちの問いかけに、Brooklyn Museumでレザープロダクトをつくる草ヶ谷昌彦さんはそう答えます。


「利き手の右手の親指は、もう何十年も酷使してきましたから、形が固まってしまったようです」

一途なものづくりを続けてきた一方で、レザー業界の常識にとらわれない数々の試みも知られる草ヶ谷さん。

その非対称な親指はそのまま、職人であり、改革者でもある草ケ谷さんその人をよく表しているよう。たしかに全く違う右の親指と左の親指。ふたつの親指は(当然ながら)同じ鼓動を聞いているのだと思うと、なんだか圧倒される思いです。

 

真にいいものを。父子2代のものづくり

Brooklyn Museumの創業は1979年。服飾雑貨の問屋として、昌彦さんの父・草谷和久さんが始めた会社で、当初は国内外の製品の卸が主要なビジネスでした。やがて自社ブランドを立ち上げると、看板商品であるソックスを筆頭に、ネクタイやベルトなどを手がけるようになっていきます。1990年代には、数多くの人気セレクトショップへも商品を卸し、海外の展示会なども渡り歩くようになりました。革小物の自社生産に乗り出したのは、本当にいいもの、ファッションならではの楽しさをさらに追及しようとしたからこそ。東京・青山に直営店をオープンしたのは、ファストファッションの波が押し寄せていた2002年のことでした。

 

 

多くが低価格を求めるようになっていた時期で、小売へ乗り出したことは、大きな挑戦。それでも海外のハイファッション誌編集長が来日の際に立ち寄るなど、父・和久さんの想いは、よい物を知る人々に確実に届いていました。

息子の昌彦さんは、当時は職人としては駆け出しの時代。平日は毎日終電まで工房で仕事をして、土日は朝5時に起床し、職人さんのところで修行する。その傍ら、海外への出張時には、アンティークのマーケット巡りも欠かしません。

「古いハイブランドのレザーアイテムがあったりするんですよ。仕事が終わってから分解して、つくりを研究して……。職人は、ともかく数をこなさないと技術もスピードも習得できない。寝る間なんてまるでなかったけれど、全く苦ではありませんでした。今だって、お正月も三が日を過ぎたら、包丁を研ぎたくて仕方なくなってしまう(笑)」

 

 

レザーアイテムの課題にまっすぐに向き合う人

「長く使う」ことに価値が見出されてもうずいぶん長い時間が経ちます。背後にあるのは、根強い大量生産や使い捨てへのアンチテーゼ。サステナビリティが叫ばれるなか、表面的ではない、真のロングライフを探していくことも、価値を知る大人たちの役目ではないでしょうか。

Brooklyn Museumは、2002年の直営店オープン時から、そういった意識を強く持つブランドでもあります。それはひとつには、レザーアイテムは、原材料の性質上、さまざまな問題に向きあわざるを得ない側面があるからです。

かつて革製品は、動物の生命を尊重する副産物としてつくられていました。たとえば牛や豚。食肉を消費する際に出た皮革を靴やレザーアイテムにするのがそもそものサイクルなのです。何事にもサステナビリティが求められる現在、こういった理想的なあり方は美しく懐古的に強調されますが、合理性と世界市場を追求してきた現代の消費社会では、このサイクルの実現は非常に難しい面があるといいます。

 

 

はたして、私たちが日々いただくお肉と、毎日使うかばんや財布、名刺入れの革は、同じサイクルの上にあるものなのか?

谷昌彦さんが突きつける答えは「ノー」です。


「国内製のレザーアイテムでも、皮革はほぼすべて、海外から輸入したものなのです。その皮革の品質の良しあしの前に、肉牛を扱う生産者と皮革製品の業界がつながっていません。日本では、国産牛肉を多くの人が食べているのに、その牛の皮はほとんどが捨てられているのが実情です。ところが海外では、食肉と皮革をつなげるネットワークが歴史的にしっかりと存在するんですよね。海外での商談で、なぜ日本の革を使わないんだと聞かれることはしょっちゅうで、その度に悔しい気持ちになります」

 

“当たり前”を実現するための、たくさんの努力

日本産のクラフトだから、原材料も日本産のものを使いたい。ほかのさまざまなクラフトアイテムならば当たり前に思えるそのことを、レザーでも実現したい。

谷さんは職人を始めた頃からそう考え、国産牛の皮革を使ったアイテムの実現に、長い時間をかけて取り組んできました。そうして誕生したのが「ヤマト」という名のレザーです。

お肉をいただく以上、副産物として皮は必ず出ます。それがどんなレザーに生まれ変わるだろうかと、いざ取り組んでみたら、国産牛の皮革の美しさに驚きました。海外で日本人の肌はきれい、と言われることがよくありますよね? 紫外線が少なく、湿度が高いからだと聞きます。同じ生き物ですから、おそらく国産牛も同じ。つまりきめがとても細かいんです」

 

 

実際に「ヤマト」を使ったアイテムの柔らかなこと。しっとりと肌に吸いつくようで、いつまでも撫でていたくなる。草谷さんの言葉の通り、きめ細かな肌なのがわかります。国産牛革は、仕入れ先やタンナーなど関係先の賛同者を増やしていかないと、まだまだ裾のは広がらないと草谷さんは話しますが、この感触と品質を知れば、日々のアイテムにほしいと願う人々は少なくないはずです。

 

天然染料を追い求めた、柿渋染と藍染のレザー

「手と手」には、草谷さん率いるBrooklyn Museumから、柿渋染や藍染のレザーを使ったウォレットやカードケース、キーケースなど8種類がラインナップしています。これらのレザーもまた、草ケ谷さんの大いなる挑戦の産物です。


レザーの染色には、一般的に化学染料が使われています。染料の成分にくわえ、大量の水を使用することなど、皮革の染色は、実は環境負荷がとても大きい作業です。そんな状況すこしでも変えるため、天然染料を使ったレザーアイテムをつくりたい……。日本古来の柿渋や天然藍で染めたレザーのシリーズは、草ヶ谷さんのそんな発想から生まれました。

「柿渋のシリーズは、タンナーさんが革に柿渋の液をハケで塗って天日干しをしています。それを繰り返し、夏場だと6回ほど、秋冬だと約8回ほど繰り返し塗ることで、ようやくこの色になるんです」

すっと引かれた美しい刷毛目。使い込むうちに、そのラインが強調されるようなコントラストが現れてきます。柿渋染を施しているのは、北米産のステアと呼ばれる3歳以上の成牛の革。大人の牛の革なので、厚みもしっかりしていて、ハリもあって頑丈なのが特徴です。

 

 

Brooklyn Museumで使用している厚めの革は1.6~1.8mm。当初、それを柿渋で染めたら、柿渋が強すぎて革が縮んでしまったそう。そこで原皮の厚さを倍以上のものにしたら、今度は重量が大幅に増える。全てが手作業なため、タンナーにとってはとても手間のかかる素材です。そんなこともあり、一度は廃盤になったと言います。

「柿渋染めの革をつくっていただいていたタンナーさんがリタイアしてしまい、ほかのどのタンナーさんも再現は不可能とおっしゃって……。ところが最近知り合ったタンナーさんが幾度も挑戦して再現してくださり、復活が叶いました」

ジャパンブルーの美しさを体現するような藍染革にもまた、いいものづくりのために労力をいとわない、草ヶ谷さんらしいエピソードがあります。このレザーを染めるのは、四国・徳島県のとある藍染工房。どうしても伝統的な天然藍の染色技法でレザーを染めたいと願った草ヶ谷さんが、大正時代から天然藍で染色を行うこの工房に声をかけたと言います。

 


「普段は糸を染めている、本当に昔ながらの工房。糸を染めているからと革を染められるはずがない、というお叱りから始まりました(笑)。それでも粘って、お願いして。1年半くらいは一緒に試行錯誤しましたね。企業秘密ですから、細かな製法は教えていただけませんが、完成した時は、それはうれしかった。

藍染めは、蓼藍(タデアイ)の葉を乾燥させ、丁寧に発酵させた“すくも”と呼ばれる藍の染料と酸素の化学反応によって色が出ます。

植物ごとに微妙に色は違うし、使い方によってもツヤや色合いは大きく変わります。ずっとポケットに入れているようなアイテムだと、藍色が濃くなってツヤも増していく」

 

 

藍染レザーの表革は、牛革とクロコダイル。裏革にはヤマトが使われています。表革は、ポーランドや東欧など寒冷地で育った1歳半からから2歳くらいの牛の革。上の柿渋レザーに使われる北米産の成牛とは全く肌質が異なります。こちらはしっとりとした柔らかさも魅力です。

 

長く使い続けるために、最良の素材とつくりで

撮影の間、工房で財布をつくっていた草谷さん。ふと一枚の革をくるりと裏返してこんなことを教えてくれました。


「ここはカードが入る部分の裏のパーツです。他社製品では、コスト面を考えて布地を使うことも多い場所ですが、うちではこういうところもレザーにこだわりたいんです。裏側に手間をかけるのも、やっぱり普通はあまりやらないことですが、僕らは少し革を削って薄くします。するとね、やっぱり縁がきりっとして美しくなるんです」

 

 

すぐには違いの分からないところにも手間を惜しまない。その重なりが、草谷さんたちのレザーアイテムのクオリティと、根強い人気を支えています。


「一般的には一枚革でつくるパーツも、うちでは2枚重ねて1枚の革として使い、より長持ちするようにしています。使いすぎて革が裂けてしまったら、糸をほどき、裂けてしまったパーツだけを新しい革にして、もう一回使えるようにする。基本的には、全部のアイテムを修理ができる、あるいはしやすいデザインにしていますね」

使い捨てにしたくないから、繕い直せることにこだわる。だから素材にも、つくりにもこだわる。草ヶ谷さんのものづくりはいつも、きれいなサイクルを描きます。

「いいもの」とは一体、何を指すのだろうかーー。その答えは、今後ますます本質的なものとなって、深く掘り下げられていくはず。

だからこそ、この人の手から生まれるレザーアイテムに、一度触れてみてほしいと願うのです。

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草ヶ谷昌彦
Masahiko Kusagaya

BROOKLYN MUSEUM代表取締役兼筆頭職人。1981年生まれ。1999年にBROOKLYN MUSEUMに入社。革製品づくりの研鑽を積み、2019年に代表取締役に就任。TOYOTA LEXUSが選定する“CRAFTED for LEXUS”の若き匠にも選出されるなど、国内外から高い評価を得る。

 

 

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